八王子市(おもに高尾界隈)の橋いろいろ
●高尾橋(たかおばし) ●高尾新橋(たかおしんばし)●敷島橋(しきしまばし) ●龍雲橋(りうんはし) ●御室橋(おむろはし) ●紅葉橋(もみぢはし) ●南浅川橋(みなみあさかわばし) ●熊野橋(くまのはし) ●高雲橋(こおうんばし) ●浅川橋(あさかわばし) ●氷川橋(ひかわばし)【関連ページ】
八王子の違法手作り橋
▼高尾橋(たかおばし)
訪問/撮影日:2009年1月1日、2009年1月2日1922年(大正11年)に架橋された橋らしい。下を流れるのは案内川。甲州街道と土産物屋通りを結んでいる。昭和5〜14年は路面電車の停車駅でもあった。
国土地理院地形図/Google Maps
▼武蔵中央電気鉄道(八王子の路面電車)の高尾橋駅の看板(電車のりば)が写っている写真。昭和5〜14年頃だと思う。橋の欄干は今よりも小さい。
参考:(武州・高尾山) 参道高尾橋付近(東北芸術工科大学 東北文化研究センター)
昔の高尾橋の古絵葉書。おそらく戦前。
▼高尾新橋(たかおしんばし) ※架け替え済
訪問/撮影日:2009年1月1日高尾橋から40〜50mほど離れたところにある。老朽化で長らく使われていないような状態が続いていたが、2010〜2011年頃に新しく架け替えられた。Googleストリートビューに架け替え工事中のようすが写ってる。この橋のたもとにあったお地蔵さんはどこに行っちゃったのか不明。東京都高尾自然科学博物館(解体済)の竣工にあわせて架橋された橋と推定。
Google Maps/国土地理院地形図
(おまけ)在りし日の東京都高尾自然科学博物館の看板
(おまけ)解体された後の東京都高尾自然科学博物館の跡地
▼敷島橋(しきしまばし)
訪問/撮影日 2009年1月1日1966年(昭和31)架設の木造トラス橋で,後コンクリート橋となった。南浅川に架かる橋.高尾町と廿里町を結ぶ.
国土地理院・地形図/Google Maps
▼同じ方角から眺めた昔の敷島橋。たぶん戦前?林業試験場にずいぶん立派な建物がたってる(今はない)。
古絵葉書写真 武州淺川敷島橋より林業試験所を望む 多摩御陵参拝記念
▼龍雲橋(りうんはし) 初沢町 ※架け替え済
訪問/撮影日:2005年7月27日、2009年1月2日高乗寺や淺川地下壕の入口付近にある龍雲橋。幅2〜3m、長さ5〜6m(?)くらいの初沢川に架かる小さなコンクリート橋。昭和十年四月竣工。この橋は1945年7月に米軍発行の地図にも記載されている。浅川地下壕開削当時、ここから高乗寺側にかけて部品組立工場が多数建っており、部品を運搬するのにも利用されたのではないかと思う。2011年頃、新しい橋に架け替えられた(2012.12.5追記)。 「りゅううんばし」でなく「りうんばし」と書いてあった。
八王子市初沢町1432 Google Maps/国土地理院ウオッちず
▼2009年1月2日、一部補修してあった。
▼2011年頃の架け替えで、解体されてしまった。
▼「昭和十年四月成」戦前の竣工。近くに入口がある淺川地下壕の掘削時にも活躍したと思われる 。
▼「寄進 山口」・・・・?地元の方かな?
▼御室橋(おむろはし)
訪問/撮影日:2009年1月1日、2009年1月3日京王線の高架先に神社・御室社および浅川地下壕イ地区入口がある。案内川に架かっている。
1981年7月竣工 八王子市・落合町会 寄贈 (有)道志興産 施工 吉田建設(株)
国土地理院地形図/Google Maps
紅葉橋(もみぢはし)
訪問/撮影日:2009年1月2日高尾山のケーブルカー駅前広場にある小さな橋。下を流れるのは前沢川。
国土地理院地形図/Google Maps
▼奥のほうに大正12年1月と書かれた小さな欄干があった。現在の四角い石柱は後から増築したもの?
南浅川橋(みなみあさかわばし)
訪問/撮影日 2005年7月28日、2008年12月7日、2008年8月23日、2008年12月7日橋暦 「東京の著名橋・南浅川橋」 大正15年(西暦1926年)12月25日大正天皇崩御により、当時の東京府南多摩郡横山村・浅川村および元八王子村(現八王子市長房町・廿里町および元八王子町)地域に御陵所の造営が決定した。これに伴い、東京府が八王子駅と浅川(現高尾)駅間の仮駅から御陵(多摩陵)に至る参道新設を行い、南浅川に全長約87mの木橋が架けられ、南浅川橋と命名されたのが始まりである。 現在の橋は、昭和11年 (西暦1936年)の大正天皇十年式年祭にあわせて、東京府が木橋を架け替えたものである。構造形式は関東大震災後の東京(帝都)復興時に開発されたコンクリートラーメン橋台mpコンクリートアーチ橋で、御陵参道の橋として、威厳のある形式と周辺との調和を考慮した意匠が施されている。 昭和64年(西暦1989年)1月7日の昭和天皇崩御、武蔵野陵造営にあわせて、平成元年2月に東京都が南浅川橋の洗浄・補修・参道の整備を行った。 |
現南浅川橋 1936年(昭和11年)12月竣工(架け替え) コンクリート橋
全長53.3m
幅員 21.4m
構造 鉄筋コンクリート橋
形式 コンクリートラーメン橋台固定アーチ橋
昭和11年12月完成
2008年8月23日
▼南淺川橋より東淺川駅を望む 多摩御陵 時期不明 1936年(昭和11年)以前 木橋
旧南浅川橋 1927年(昭和2年)1月竣工 木橋
全長 四十八間(約87.3m)
幅員 四間(約7.3m)
構造 木造
形式 木造桁橋
熊野橋(くまのはし)
訪問/撮影日:2009年1月1日甲州街道沿い、熊野神社のすぐ近くにある熊野橋。川幅が3〜4m?位しかないので目立たない橋だが、昭和3年11月完成と歴史は古い。実は南淺川橋よりも古い。その昔、浅川小学校はこの付近にあったらしいので、当時の小学生が活用したのかもしれない。
国土地理院地形図/Google Maps
高雲橋(こおうんばし)
訪問/撮影日:2009年1月3日浅川中学校のグラウンド先から高乗寺に向かう途中にある橋。 初沢川に架かっている。この橋を越えて100〜200mほど歩いたところに浅川地下壕ハ地区の入口がある。「高雲橋」と書いて「こううんばし」でなく「こおうんばし」と書いてある。
Google Maps/国土地理院地形図
▼高乗寺方面に向かってどんどん道が高くなり初沢川との高低差が大きくなるのは地下壕を掘った時に積み上げたズリの影響らしい。地下壕を掘る前は、この辺の住宅の高さは川とさほど変わらなかったとか。この初沢山北西の急斜面は2000年頃に防災工事が行われた。
上椚田橋(かみくぬぎだばし)
訪問/撮影日:2009年1月1日小仏川に架かる橋.高尾町にあり,甲州街道が通る.江戸期には小名字(こなじ)橋と呼ばれ,長さ9間幅7間あったという.1907年(明治40)木造で架橋,37年(昭和12)コンクリート橋に改架された.(Web八王子事典より) 昭和十弐年九月成
Google Maps/国土地理院地形図
昭和12年(昭和拾弐年九月成)の架橋らしい。
氷川橋
Google Maps/MapFan氷川神社への参道
昭和33年3月竣工
浅川橋
八王子市大横町8
Google Maps/国土地理院・地形図での場所
▼古写真 浅川橋 昭和はじめ
▼古写真 浅川橋 大正頃?
▼古絵葉書 時期不明 武州淺川 多摩清流より淺川橋を望む