(戦跡)府中基地(旧陸軍燃料廠跡地)とその周辺散策
新サイト 2015/09/24 |
訪問/撮影日:2009年6月20日 ツイート
この日は府中基地と調布飛行場周辺を徘徊。
後年、CD-ROMへの焼きこみが失敗してしまい、この日に撮影した写真の多くが紛失してしまい、泣いている。
地図:
国土地理院地図(電子国土Web) (東京都府中市浅間町一丁目)
Google Maps
Googleマップを使って国土地理院の地図を見る(さまざまな古地図や航空写真と比較閲覧できます)
航空写真:
1941/06/25(昭16)撮影 陸軍 モノクロ
1944/10/16(昭19)撮影 陸軍 モノクロ
1947/07/24(昭22)撮影 米軍 モノクロ
1957/10/10(昭32)撮影 米軍 モノクロ
1961/08/06(昭36)撮影 国土地理院 モノクロ
1975/01/20(昭50)撮影 国土地理院 カラー
1979/10/08(昭54)撮影 国土地理院 カラー
1984/10/31(昭59)撮影 国土地理院 カラー
1988/01/24(昭63)撮影 国土地理院 モノクロ
1989/10/20(平1)撮影 国土地理院 カラー
1992/10/10(平4) 国土地理院 カラー
2001/11/14(平13)撮影 国土地理院 カラー
2008/05/06(平20)撮影 国土地理院 カラー
2009/04/27(平21)撮影 国土地理院 カラー
参考:写真と地図で読む!知られざる軍都多摩・武蔵野 (洋泉社MOOK―シリーズStartLine)
参考:府中基地跡(2003年04月) 廃墟系
自衛隊府中基地および府中の森公園の一帯は、陸軍燃料廠の敷地だった。終戦後、米軍の管理下に置かれ、さまざまな居住施設や通信施設などが建てられる。1973年に米軍から返還され、府中の森公園や自衛隊府中基地が設置されるが、北側一帯は手付かずのまま廃墟化している。
▼2009年時点の府中の森公園および自衛隊府中基地の周辺地形図。
▼昭和14年~昭和15年(1939年~1940年)の地形図。左下に府中駅。旧陸軍燃料廠は1939年に設置されたらしいが、この地図に反映されていない。
▼年代不明。燃料廠が記載してあるので1940~1945年頃?
▼戦後、昭和27年(1952年)。左下に府中駅、右上に旧陸軍燃料廠。
府中刑務所・北府中駅から新宿四丁目を通り燃料廠へと続く引き込み線が確認できる。
▼現在の府中の森公園(2009年)。
▼府中の森公園の向かい側にある航空自衛隊府中基地。
正面に見える給水塔(?)らしきものは、戦前に竣工されたものっぽい。
ストリートビュー
▼防衛省府中宿舎。
▼グレーのゾーン:立ち入り禁止区域。
▼府中の森公園の駐車場まわりにあった照明?の遺構。
駐車場になる前は運動場かテニスコートでもあった?
▼基地跡の廃屋(Google ストリートビュー)。
木の葉が落ちると建物が見やすくなるようだ。
▼同じ場所から撮影。現在は樹木の葉で鉄塔以外何も見えない。
▼立入禁止敷地内(燃料廠跡地)の米軍施設の廃墟群。
陸軍燃料廠は戦後、米軍に接収され、米軍によってさまざまな居住施設や通信施設が建てられ、基地返還後に北側の敷地が廃墟化。
▼府中の森公園側の通り。 入口にドアがない。
▼建物の内部にはしごが見える。フロア全体が2階分の吹き抜けになってる?倉庫か体育館か何か?
▼建物の脇にふってあるナンバー。
▼Google ストリートビューで見た画像の方が全体像がわかりやすい。
▼基地内の通路。
▼小金井街道から見た基地跡。一本木バス停。
生い茂った木々がジャングル化してしまっている。
▼これも基地内に伸びる通路。小金井街道沿い。
▼ボーリング地質調査の表示が残っていた。「調査場所は基地跡地内および周辺道路」とある。
▼終戦後に設置されたのだろうと思われる錆びた外套がそのまま残っている。小金井街道から見た基地跡。
▼北の端の住宅地から眺めた基地跡。
ジャングル化した廃墟群だが、普通の住宅地と隣り合わせというすごい立地である。
▼パラボラアンテナ。米軍が終戦後に設置した通信施設らしい。
▼よく見ると壁面自体は結構きれいかも。あまり古そうに見えない。痛んでいないのかな。
▼一番北の廃屋。ツタに覆われた状態で都営団地や戸建住宅や駐車場と隣接している。
▼都営浅間町2丁目団地に面した廃屋。
Google ストリートビューで見てみると全然ツタに覆われていないので、冬になるとツタが枯れて姿がわかりやすくなるみたいだ。
▼Google ストリートビューで見た基地跡の廃屋。12~2月頃?(雪があるので)
▼右側の茂みの奥に2~3階建ての建物が潜んでいる。この空き地はコートか何か?
▼空き地の隅にポツーンと残された消火栓。
▼こちらは立入禁止の廃墟群と隣接する都営浅間町2丁目アパート。この正面突き当りと左側に基地跡の廃屋がある。
▼基地跡近くの公園でニャンコが出没した。
▼小金井街道沿いにある都営天神町2丁目アパート。団地可愛い。
▼都営天神町2丁目アパートの集会所?昭和っぽい風景で懐かしさを感じる。
▼浅間山公園近くにある防衛省官舎。
▼東京都府中市白糸台2丁目17-7の空き地にある掩体壕(えんたいごう)。
2009年の時点ではきちんと整備されていなかったが、2014年12月現在、ストリートビューで確認してみると保存活動が正式に決まったのかきれいな公園になっていた。
府中市朝日町1丁目にも掩体壕があるが個人の敷地内にあって立ち入れないらしい。
掩体壕(えんたいごう):
自軍の戦闘機を、敵の空襲から守るために建設された施設のこと。
コンクリートの屋根で覆った有蓋式の掩体壕は調布飛行場周辺に約30基あったと言われているが、現存するのは府中市と三鷹市にわずか2基ずつ。三鷹市の掩体壕2基は、野川公園内で見ることができる(かなりきれいに整備されている)。
▼おなじもの。
▼航空写真。
▼掩体壕の調査か整備を行っているようすがストリートビューにうつっていた(2009年6月)。
▼白糸台通りにあった古い石造りの蔵。
▼銭湯 玉の湯の看板。
▼銭湯 玉の湯(廃業)。
看板は撤去されていてコインランドリー以外電灯がついていなかった。歩き回って疲れいたので一風呂浴びたかったのだが、2007年9月30日に廃業してしまったらしい。2014年12月現在、ストリートビューで確認してみると、既に解体され、ローソンが建っているよう。
▼きくよし食堂。東府中の平和通りにある。
▼ラブホテル RSMODERNRESORT。東府中の平和通り。
遠目にはお洒落なイタリアンレストランか何かに見えたけど、個室サウナにラブホだった。
府中って芸術劇場があるし、由緒正しき街みたいなイメージがあったけど、場末っぽい店もあるのだなあ。
一応駅前通りなのに(駅から400mほど離れてるけど)。しかも電光掲示板の「泊まれ」って命令形はなに。
このあと、調布飛行場周辺散策に続く。